北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室&鞍馬研究室,2005年7月29日創設の防衛安全保障専門Weblog

【防衛備防録】F-1支援戦闘機のような安価な戦闘機が国際市場から消えた背景を考える

■F-1支援戦闘機

1977年に配備開始となったF-1支援戦闘機は全廃されて久しいですが、写真のF-15戦闘機と同時期に量産され善き伴侶のように北部航空方面隊などでは活躍しました。

F-1支援戦闘機くらいの安価な戦闘機、いま世界を視ましても、そういう航空機が無い。一番近いのは中国のJF-17ではないか、というはなしを聞きまして、そういえば元海上自衛官で、軍事研究誌上で、自衛隊向きだ、という論調を載せていた方が居ました。ただ、あのJF-17にしてもF-1とは比較できないように思ったものですが。

JF-172010年代の戦闘機ですので1970年代のF-1と比較しますと、中距離空対空ミサイルを運用できて空対艦ミサイルも撃てますので、F-1支援戦闘機にAMRAAM空対空ミサイル運用能力を付与するようなもので、そんなものがあれば苦労しないが普通に考えて、視程外交戦能力をもつ戦闘機をF-1と同列に考えることは出来ないだろう、という。

いうなれば、F-2戦闘機がAESAレーダーを搭載していますから、ミラージュ戦闘機からシラノレーダーを外したミラージュ5攻撃機のように、F-2戦闘機の安価なレーダー、APG-66くらいにスペックダウンしたもの、という感じでしょうか。それってF-16なんじゃ、という反論はさておき。安価な戦闘機が国際市場から消えている背景はなにか。

安価な戦闘機では戦闘で生き残れない現実があります。飛ぶだけでも意味があると言われるかも知れませんが、地対空ミサイル、それも比較的普及した地対空ミサイルの脅威からも生き残れない。いっぽうで、ウクライナ空軍はF-16C戦闘機、供与された戦闘機をかなり効率的に活用し、格上、といわれた相手に善戦している例はありますが。

F-16Su-30に対抗している事例がある、少なくともメーカーは格上であると航空ショーにおいて喧伝していたロシアのSu-30シリーズにたいして互角以上に対応しています。むかしF-16Cは安価な、ユニットコストで邦貨換算23億円とか湾岸戦争時代に云われていましたが、いまF-16Vは100億円越え、フライアブルコストでは更に高くなります。

やはり、戦闘機は高くなったのだ、とおもいつつ、古いカメラを中古市場であさるように、一定程度、中古戦闘機市場にも関心が集まる理由が分かったような気になるのです。もっとも、F-1支援戦闘機のような安価な戦闘機が市場から消えることは同時に、絶対撃墜される戦闘機に若者を無理に載せない、という人道主義時代へ進んだともいえるのですが。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ まや
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【防衛情報】ちょうかいトマホーク発射試験成功とミゲルマルバー級増強論,サウド級フリゲイト建造遅延

■防衛フォーラム

今回も海軍関連の話題です。

海上自衛隊の護衛艦ちょうかい、初のトマホークミサイル発射試験に成功しました。海上自衛隊は反撃能力整備の一環として、既に開発された地対艦誘導弾などを原型とした国産の艦対地誘導弾などを開発し、搭載を進めていますが、その配備完了までのつなぎとしてトマホークミサイル導入を決定しています。

ちょうかい、こんごう型ミサイル護衛艦4番艦は、そのトマホークミサイル搭載改修の最初の艦として国内において搭載改修を実施、その搭載は、90発のスタンダードミサイルを搭載するMk41VLSが既に設置されているため、大きな改修ではなく発射プログラムの追加を軸として完了、アメリカでの発射試験に臨んでいました。

トマホークミサイル発射試験は729日、関係ないが北大路機関創設記念日、実施されました。海上自衛隊は400発のトマホークミサイルを導入予定で、一部の引き渡しは開始されていますが、アメリカイラン戦争によるトマホーク大量消費により、全てのミサイル引き渡しは最大2年遅延し、国産ミサイルの配備が先行しそうな状況です。

■フィリピン海軍はミゲルマルバー級フリゲイトの大幅増強を計画しているとのことで、最大12隻の取得を希望する海軍側の発言が話題となっています。フィリピン海軍は、10年前まではまともな水上戦闘艦を保有しませんでしたが、ミスチーフ環礁占領など中国海軍脅威を受け、海軍力の増強、というより新造を進めています。

フィリピン海軍は初の近代的水上戦闘艦として韓国からホセリサール級フリゲイトを2020年より2隻導入、これは満載排水量2600tの小型艦ながら、ヘリコプターを搭載可能で、艦対艦ミサイルを搭載、個艦防空ミサイルは搭載しませんが携帯地対空ミサイルを搭載、しかし、ミゲルマルバー級は射程20kmの艦対空ミサイルを搭載した水上戦闘艦です。

ミゲルマルバー級は満載排水量3200t、韓国で建造されたもので、フィリピン海軍では2025年に1番艦と2番艦が引き渡し、現在は202512月に2隻の追加建造契約は結ばれ、その追加を海軍が希望したかたち。海軍の水上戦闘艦は、このほかアメリカ沿岸警備隊のハミルトン級カッターをデルピラール級哨戒艦として2隻、運用中です。

■サウジアラビア海軍のサウド級フリゲイト建造が難航しているもようです。これはアメリカ海軍が運用するフリーダム級沿海域戦闘艦を原型とした高速フリゲイトですが、フリーダム級そのものが幾つもの問題を抱え、機関部や変速機損傷による洋上漂流の問題を引き起こしており、アメリカ海軍では戦後最大の失敗と評価されています。

フリーダム級4隻の改良型をサウジアラビア政府は2015年、1125000万ドルというかなり割高の費用でアメリカ政府とFMS有償軍事供与による取得で合意し、またフリーダム級は武装が弱すぎ、中国海軍に対抗できない点が問題視されていましたが、Mk41VLSを新たに16セル搭載し、57mm砲を76mm砲に、ハープーンミサイルも搭載しました。

サウド級は、これにより戦闘能力を大幅に拡張したこととなりましたが、この変更に伴う船体延長と、フリーダム級が元々有する機関部などの問題が再燃しており、契約から11年を経たいまも、ウィスコンシン州のフィンカンティエリマリネットマリーン造船所にて一応進水式は果たしているものの、建造遅延が続いています。

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【京都幕間旅情】京都五山送り火二〇二六,やっぱり京都御所から見上げた盂蘭盆会の伝統行事

■五山送り火

夏の終わり、盂蘭盆会の伝統行事がこの五山送り火です。

京都五山送り火、色々考えたのですが、京都御所から今年も眺めることとしました。名所旧跡から眺めるか、見える場所から眺めるか、散策しますと、けっこう電線が、電柱が重なってしまう。

五山の何処に焦点を絞るか、如意ケ嶽の大文字が、いちばんですけれども、嵐山まで出ることも考えて、そして撮影場所をいろいろ上ったり下りたりも考えたのですが、やっぱり、御所からかなあ。

御所から見上げる如意ケ嶽の大文字、ここは、大文字がしっかりみえようと見えなかろうと、御所の四季を表すことができる、大文字ではなく京都御所を主題として、見上げられるのですよね。

送り火の撮影、三脚を据えるということは選択肢としてありなのかもしれませんが、この辺りは多くの人が来ますから、みなみなさんと一緒に見上げようとすると、これは手持ちのほうが雰囲気が出る。

盂蘭盆会の伝統行事、見上げる様子ですが、POWERSHOTG7Xmark2は古くなった、あんがいAI補正のきくスマートフォンの方が良いのだろう、とおもいつつ、画像よりは写真に拘り、夏の終わりを見上げました。

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【終戦記念日】81年目の終戦記念日【3】一国平和主義の限界と防衛力強化への現実

■情報重視と現実直視

リベラルの暴力、それはまあ閑話休題として。いまはなき安倍政権時代、当時はアメリカでは新聞記事を偽装した新聞広告が認められている時代でしたので、右派とか極右とか広告で報道のように示された結果、そんなに凄いのか、と言う話となりまして、実際の所どうなんだと聞かれたことがあります。

右翼的と言われてもいやどうだろうか、自国は自国で護るという発想なんだけれど、というと、いままではどういう発想なんだと問われ、日本が侵略されたときは米軍が犠牲になるって云う考えが割と一般的で、自国を防衛するという発想がそもそも右翼的という認識は案外根深い、こう回答して中々信じられなかった事が十年以上まえですが、ありました。

この命題、トランプ政権時代に大統領が護衛艦かが表敬訪問の際に、アメリカでは日本には軍隊がないという誤解もありましたので、あの空母みたいなのはなんだ、という話から、日本には軍隊はないが自衛隊があってわりと戦車と火砲と戦闘機と水上戦闘艦の数ではドイツやフランスやイギリスやイタリアよりもおおい。

潜水艦を例に挙げれば、通常動力潜水艦と原潜の違いはあるがこのうちの二カ国合計よりも日本の方が多い、というと驚かれたものです。しかし、日本周辺の権威主義国家は、若干の大型艦をのぞいて小さなフリゲイトだけとなってしまったロシア海軍の実例はありますが、日中関係を見ますと、軍事力というものを考えさせられる。

戦略核、核軍拡を21世紀に継続している唯一の核兵器国、中国海軍を視ますと特に2020年代となると数が多く、戦闘機の数も年々引き離されていて、対領空侵犯措置任務緊急発進が2200回を超えたときもあった。アメリカの対領空侵犯措置任務緊急発進が年間8回程度、最近こそロシアウクライナ戦争により増加したというものですが、桁が違う。

アメリカの数百倍の数がきているのですから、防衛というものを一国でになうことは重要だといえるのですが、同時に、アメリカイラン戦争の現実を見せつけられますと、いきなり在日米軍基地から核兵器国では無い核保有国の核武装解除を試みる空爆が行われ、報復に日本の米軍基地と空港や発電所などが攻撃を受ける、という、可能性が。

アメリカのイラン攻撃でサウジアラビアやバーレーンやクウェートやヨルダンなどが被っている被害のような状況という巻き込まれ論が、この巻き込まれ論は橋本政権時代の周辺事態法時代にかなり懸念されていた視座なのですけれども、改めて現実味をもちはじめています。

もっとも、アメリカの方が日米安全保障条約からの巻き込まれ論は根強いようですが、こういった同床異夢は再燃しつつあるのですね。NIB国家情報局、これ、二部という情報部をおもわせる名称で見事なものと感心したのですが、NIB創設により、もう少しこの奇襲対処といいますか、情報が後手に回る懸念は払拭できるのでしょうか。

NIB創設は日本国内の左派を中心に反対論があったのですが、もしもっと早く実現していて、アメリカのイラン攻撃をいち早く察知し、テヘランに外交団を送った安倍政権時代のような予防外交を展開できていれば、ホルムズ海峡封鎖は起きていなかったわけですから、情報の重要性を理解するかどうかは、この一点から説明し得る。

誤った情報は危険でもある。次元は違いますが少し前の地球温暖化防止に扇風機で外を冷やす運動や、収穫後の田畑の稲わらを燃やす様子を温暖化反対という風潮、奉仕すると生じるメタンガスの問題を考えず温室効果ガスとしてまだマシな二酸化炭素への置換を反対するようなものも、いわば、気候変動反対を掲げ促進する行動をとるようなものと似て。

情報軽視万歳、と叫んでいるのは、戦争は防げないもので起こそうという流れがあっても避けては成らない、という諦観なのか、国際政治を学ぶことを拒否しているのかどちらか、と思ったものなのですけれども、自国を自国で防衛できる体制を構築して、あまり依存しないような安全保障政策を、考える必要は、出始めているのではないか。

もちろん、日本一国で中国ロシアに対抗できる日本版二国標準主義なんてものは現実ではありませんが、なにかしら手を打たなければ、第二次世界大戦後の、大国による戦争回避の国際公序という基盤は、ロシアウクライナ戦争、続いて、アメリカイラン戦争、この二つの戦争により、瓦解してしまった。

煽る訳ではなく、瓦解しつつあるのでは無く既に無くなっているという実情を理解しなければならないよう、追い込まれています。終戦記念日、これは不戦の誓いを新たにすべきですが、非戦の誓いであってはなりませんし、なにより戦争の危機を傍観する口実に、平和というものを悪用する、戦争ニートの口実平和、というような状況に陥っては成らないと、思うのです。

【防衛備防録】第一世代型DDHの有用性,アメリカイラン戦争でのルーカス無人機の運用

■新しい時代の運用

はるな型ヘリコプター搭載護衛艦、こうした巡洋艦型の護衛艦は最後の一隻が退役したのが9年前なのですが。

北大路機関では後生大事に写真をことあるごとに、掲載しています。退役は2009年、考えれば時間が経ったものですが。この護衛艦、無人機の時代に入りますと、ルーカス無人機などの一定の戦果を上げている様子を見ますと、あの格納庫の大きさは有用で居があります。

はるな型、蒸気タービンという部分はさておき、再度従来型DDHを再建する場合はガスタービン艦とすべきですが、巨大な航空機格納庫をもち、そして一定以上の戦闘能力を持つ水上戦闘艦は、ああいった徘徊式弾薬といいますか、安価な片道無人機の母艦としてある程度有用性をもつのだなあ、と考えさせられる。

アメリカ海軍はイラン攻撃にさいしてインディペンデンス級沿海域戦闘艦、あの三胴型艦の大きな飛行甲板からルーカス無人機を発進させていました。イランのシャヘド136をコピーしたもの。いや、シャヘド136も元々はイスラエルのハーピー徘徊式弾薬をコピーしたものですが、インディペンデンス級の大きな甲板が役立った。

ルーカスは、シャヘドをロシアがゲランとしてコピーした際には、ロシアも落ちぶれたものだ、と思ったものの、アメリカもコピーしたとなると、アラブ生まれのピッツァが世界を制したものと同じ単なる正解だったきもしたのですが。安価な、そして飛行距離の長い部分は大きな意味を持ちます。

さくら型哨戒艦、防衛省は防衛白書はじめ、哨戒艦の用途として徘徊式弾薬の母艦というものを提示していますが、言い換えれば、無人艇などの攻撃に有事の際に哨戒艦がさらされることを示しています。いっぽう、はるな型くらいの個艦戦闘能力があれば、そうういう脅威にも対抗しうる。シャヘド無人機は2000km以上飛翔するため、下手な巡航ミサイルよりも足が長いのですから、その母艦、そういうものについて、考えてしまうのです。

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【終戦記念日】81年目の終戦記念日【2】総力戦時代の終焉と生き残った権威主義国家

■平和と戦争をまなぶ

有事の際に政治はどういう戦争を考えているのか。

太平洋戦争のように、日本から始める以外の戦争を想定してこなかった、これも、つけ、その一つといえるのかもしれませんが、政治はいまを以てその指針を示せていません。危機管理を考えないことと同列視している、始まるまで、その危険を軽視する。これは、これこそ実態のように思える。

ロシアウクライナ戦争をみますと、始まるまで本当に侵攻してくるとは思わなかった、と言う、NHKなどでさえさんざん紹介されている、キエフなど現地の声と重なるところがあります。福島第一原発事故、日本の場合はこちらのほうが説得力があるかも知れません、事故が起こるまで事故が起こると云うことを信じなかった。

故に危機対処マニュアルに限界があり、事故がどういう状況で起こるかについての想定がまったく、外因的要素を考慮しなかったために、実際に炉心融解がおこっていても、炉心のメルトスルーがおこったのであってメルトダウンという言葉は不適切という、意味の無い反論が為されたことを思い出します。

政治責任、この言葉で、1976年防衛大綱に際しての話題を前述しましたが、自衛隊側からの現状では有事に責任を持てないということばに政治が責任を持つとして、有事法制の整備さえそこから25年を要しているわけですが、実際に有事となった場合、政治はどのように責任をもつかは判然としていないいっぽう、責任論はその時どうなるか。

責任論は、攻めてきたがわではなく、責任を持つと云った政府が批判にさらされる内憂の可能性さえ残していることに少し懸念を感じるのですが。政治責任は主権者が国民である以上、結局、その政治を選んだ有権者の責任に帰結する。丸山理論で云う、無責任状態というものを、こういったところで確認することは避けたいものです。

平和の価値観の共有、戦後81年となりますと、戦争経験の継承が難しいと言われていますが、言い換えれば81年間戦争していない、こういうものの、外国人材の方々が増えて行き、少子高齢化の時代の中で、81年間戦争をしていない、そして81年前の戦争というのが総力戦であった、この経験の継承といまの価値観を重ねることには無理があります。

外国人材を例に挙げましたが、日本でも、まあ最早創作やSFを挙げて第二次世界大戦を回顧するほかないのは致し方ないにしても、懐古するように価値観の相違を理解せずに、絨毯爆撃は過去のものになり圧政と投獄が権威主義国家にのみ残るという、今の考え方をそのまま当てはめようとした認識というのは無理があります。

いや、ロシアを視れば1940年代型の人命浪費の戦術をウクライナで多用していて死傷者160万に達している、この二年間三年間は、こういう反論をされると、確かに、権威主義国家ではこういう認識もあるのだなあ、と感慨深くなり、2022年、2023年までは機械化部隊が一進一退であったのが、いまは東部戦線の再来となっているゆえ。

また、日本の場合は過去云々いわれても、その前となると日中戦争、更にその前は日露戦争になり、余計価値観が時代劇の一歩手前までいってしまう、という限界はあるのでしょうけれども。こうした現状を踏まえた上で、戦争というものを見返しますと、なにかこう、戦争の定義、総力戦の定義は大分違ってくるよう、おもう。

かつての総力戦と、いまの戦争の価値観、これまでに無い規模の空爆と言われますと、東京大空襲の死者数100000を思い出しますが、実際の所いまの戦争ではその0.1%を超える空襲被害はでませんし、都市部への核攻撃などは簡単に選択肢に含められません、核抑止力が機能しているためです。

たとえばロシアウクライナ戦争において、NATOはロシアのウクライナ侵攻に際しては介入しないとしていますが、明確な一線として、ロシア軍が核兵器を使用した場合は介入すると、開戦当初から示しており、これは、ロシアのウクライナにおける核兵器使用を明白に抑止している構造となっています。

いっぽうで、ロシア軍はNATOが直接介入した場合は核兵器使用も辞さないとしており、NATOはウクライナへ部隊を展開させていません。結果的に第三次世界大戦を防ぐ機能を果たしています。これが、言い換えれば総力戦型の無差別攻撃を抑止している構図となっています。しかし、日本では、幸か不幸か戦争は81年前の総力戦しか知らない。

全滅か勝利かという戦争しか知らない構造がなりたっているため、降伏したほうがマシ、という価値観が、単純な戦争反対、手段としての平和を強調する、いっしゅの根拠となっている構図があります。それでは、81年前の価値観で、降伏した方がマシなのか、と考えますと、日本の不幸は、その周辺が権威主義国家だらけということです。

民主主義国家は韓国と中華民国台湾、この二カ国を除いて全て権威主義国家で形成されています。いや、マーシャル諸島を隣国と考えれば、こちらは民主主義国家ですし、見方によっては北方領土返還が実現した場合は隣国がアリューシャン諸島のアラスカ州で名実共にアメリカが隣国となるのですが。

さて、権威主義国家を相手に、降伏した方がマシと言う構図はあるのでしょうか。この部分で考えたいのは、香港国家安全法施行後の香港、その人々が幸せか、ということです。大陸からの移住者が増えており、大陸よりは自由度が高いということで、幸せという回答があります、これではあまり意味がありません。

だから、大陸に夢を抱いている人々には、いいところだ、と思うのでしょうが、では日本政府が同じ法律を施行しようとした場合に同じ回答は、来ないでしょう。権威主義国家、圧政、結局ですが、上海粛正や戦後起きた南京事件、そして天安門事件を視ますと、降伏した方が日本の周辺国の制度の方が社会は良くなる、とは考えにくいのです。

しかし、この現実をみていないことにより、反戦が非戦、自国の制度などどうでも良い、と言う風潮が生まれているようで、違和感を感じるのです、日本が無くなれば平和憲法も同時に消えるのだから。いっぽうで、自国を自国で護る、これは真剣に考えなければならない段階を迎えています。

京都では、この発想が既に右翼的といわれた時代も在れば、国際政治学のリアリズムでは京都は先進的だとおもったのですが。平和安全法制に賛成しただけで大学教授が干されたり解職請求運動が起こる程度には、京都の学問にいま自由は無い、現代の滝川事件はリベラル勢力による暴力により進められているようにも思えてしまうのです。

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【榛名さんの総監部グルメ日誌】京都-妙蓮寺前,鰻こそ御馳走様の代名詞や

■榛名さんのグルメ日誌

うなさんと敬語で呼ぶべきだろうかごちそう様の代名詞のように。

鰻、今若い方に行っても信じてもらえないが、というより理解してもらえないが、昔、といってもそれほど前ではなく北大路機関創設当時、北大路のビブレで中国産鰻は一尾398円、夕方には三割引きだった。

鰻といえば御馳走を越えてハレの日の選ばれる滋味と珍味の領域に近づいているとも。だから前述の話も若い方は信じてもらえない、そもそも北大路ビブレってどこ、となる。いまはイオンモール北大路だし。

うなぎ。それは代替品が無い物でして、焦げたのか美味そうなのかという香りから始まり、しっかり焼き上げた口当たりと嚙んだ瞬間の風味旨味滋味ぜんぶが、うなぎだなあ、と感じさせる。

梅乃井。京都の妙蓮寺前に、みんあが知っている梅乃井と同じ名前の梅ノ井さんがありまして、ここは、美味い鰻を手ごろに食べさせてくれる。なにしろ、うまい、そして老舗の雰囲気の店内で焼き上がるまでが愉しみ。

美味いというのは大切で、焼き上がるまでは楽しみだけれども食べる時なんかはもっと楽しみ。そりゃあ掻っ込むという単語で鰻丼だけは上品さをさておき、あの甘さ、タレの甘さ油の甘さ、白身の甘さ。

梅乃井さん。ウナギは昔から御馳走だった、ただ昨今は子供のころからたくさんとはいかなくなった、しかし、この美味しさへの一種の信仰というか感動というものは継承されうるのだろうか、ああ、今回も美味しかったのです。

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【榛名さんの総監部グルメ日誌】京都-京大前,五山送り火をどこからみるか焼き鳥と考える

■榛名さんのグルメ日誌

今夜は五山送り火です。

五山送り火をどこから見上げるものかと考えてしまうのです。マンション建設反対とかの張り紙を見ますと難しい時代だと昔は思ったものですが、実際問題、マンションやアンテナ建設で送り火が見られなくなったゆえ。

送り火を見るというのは、大きな意味があるのです。それゆえに、まあ、穴場、と思っていても当日行けば満員、という中の穴場を探して、散歩の際、一杯やりに行く際、ちと視線を如意ケ嶽に向けて見えるかどうか眺め。

京都では五山送り火を最もよく見ている場所は何処か、といいますと、実際には自宅でテレビ中継を見ているという方が最大多数だ、とは思うのですが、カメラがあると撮りたくなりますし、その際に一杯やりたくなり。

京都大学前の串八にて、一献やりまして、季節の串揚げを少し嗜んだ際、何処とは言いませんが穴場の前に新築の建物が出来たり、逆に邪魔だった樹木がばっさりばっさいされたという話をまとめて少し考えてみる。

焼き鳥が運ばれてきても、散策の際、撮影した写真を検討し、考えつつ、串をちまちまいただきつつ、またちびりちびり、と一献やる、なにか知的な気がしてきませんか、してきませんよね。

五山送り火、家族で行く場合には夕食を兼ねてゆきますし、まあ一種の祭事ですので、そういうときは羽目を外さない程度に一献やることも出来る、そして今年も風物詩を眺め、夏の終わりをいのるのです。

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【京都発幕間旅情】京成3000形電車,懐かしの千葉県誕生150周年記念ヘッドマーク

■千葉豪雨災害報道に心痛める

京成3000形電車の到着と。

二年ほど前の千葉県誕生150周年記念ヘッドマーク時代の写真を。この150周年というのは1873年に木更津県と印旛県が合併し千葉県が誕生して150年という記念でした。

千葉県、といえば千葉豪雨、その被害です。その千葉県も、なにしろ東京首都圏、東京には行きたい場所も相応に在りましたので、COVID-19の前などは、それにかこつけて自衛隊行事などであししげく。

空挺団降下訓練始め、高射学校下志津駐屯地祭、木更津航空祭、この三行事とともに、習志野駐屯地祭なんてものもいきましたし、松戸の需品学校祭に下総航空基地祭なども行事としては、あります。

京成電車か、東京駅の隣から一本で行ける東葉高速鉄道、千葉県というのは、横須賀からも総武線直通快速など、行きやすい。そして首都圏に所用在る場合でも昨今のビジネスホテル高騰を前に、新宿池袋よりは安く泊まれる。

千葉県、しかし、言い方をかえれば自衛隊行事か商用の際の宿泊というくらいでしか知らない街で、そもそも一杯やるには千葉市よりも船橋の方が同じ千葉県でも多少わかるようなところですが。

豪雨災害、こういう報道をみてしまいますと、大変だなあ、と思いつつ、猪鼻城くらいしか散策の機会がありませんでしたので、落ち着いたら、少し散策へ、とおもってしまうのですね。

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【終戦記念日】81年目の終戦記念日【1】政治が責任を持つとした平和の課題と現実の課題

■終戦記念日にあわせて

終戦81年、といいますか昭和元禄と呼ばれた平和な時代から数えても61年を経まして、いよいよ日本の平和な時代の長期化ということに安堵し平和を祝うとともに、しかし、周辺情勢の緊迫化は地域安定への微妙な影響が連鎖し、これが連鎖反応的に有事、というものに直面しないか、不安はある時代となりました。

不安とはいえ平和について、また終戦記念日に併せ毎回示している、手段としての平和と結果としての平和をどう認識すべきなのか、現行憲法は手段としての平和を求める内容となっていますが、それが平和的生存権という結果としての平和に帰結するのか、と言う問題について結論を未だに出すことができていません。

平和憲法制定から80年、手段としての平和は微妙な状況、危うい状況の綱渡りを継続する中で存続しているという状況です。これは、破綻が見えている状況を、看過することで維持されている一方、周辺情勢へ泥縄的に合わせるための決定、修正の連続が、果たして限界はないのか、と言う不安とともに、憲法のありかたを考えてしまうのですね。

政治が責任を持つ。制度上は、政治責任という言葉で看過されている、それが一種の、このままでいいのか、という危機感に収斂して行くのかも知れません。最後の時は政治が責任を持つ、かつて政治家が制服組を納得させた言葉ですが、なにしろその政治家を選んでいるのは国民、つまり国民が責任を取らねばならないということなのですから。

自衛隊の任務は作戦の遂行であり、戦争そのものは国家の政治の延長である。この原則に立てば、有事の際にどういった戦争を国家が想定するかは民主主義国である我が国では、政府が選挙民に選ばれて、そのうえで画定するものです。選挙に行こうの常套句ですが、結局、国民は無投票を含め与えられた選挙権を棄権しても責任からは逃れられません。

民主主義における民意は無限で有り、その主権者の決断は憲法さえ改正しうるものですが、逆に言えば主権者が認識を持たなければ、どういった戦争を行うかということも選択肢が時間とともに消えて行きます。時間、これだけは万民に与えられた平等なものですが、時間と共にその選択肢というものは消えてゆくという事は、いずれ突き付けられる。

時間が減れば選択肢は減る。例えば、受験勉強、例えば、進路選択、例えば、就職活動、例えば、資格試験、例えば、転職先、例えば、と物事に共通しているのは、時間を空費すればするだけ選択肢が狭まるところでして、入試を例に挙げれば、共通テストに間に合うように対策を採るか、後手に回るかで本当に選択肢は減ってしまいます。

戦争についても、時間というものは不可分というものでして、開戦前であれば、予防外交、抑止力、同盟条約、防衛力整備、これにより戦争を回避することも含め選択肢は無限に広がりますが、いったん、攻められてしまえば、本土決戦で内陸誘致か水際防衛か、くらいしか選択肢が与えられません。

故に、始まる前に、平和を手段として用いるのか、平和を結果としてもとめるのか、ここが先ず、肝要になるのです。ただ、政治にどれだけ時間をかけているかという事を考えますと、余暇が少ない昨今、その余暇を敢えて政治勉強会など、政党に入党するなど限界がある、その為、主権者としての権力行使を時間選択の中の下位に置く現実があるのですね。

一国平和主義を突き詰めすぎた。この、時間という視点から考えますと、平和憲法制定から80年、それは平和を手段として用いる時代が80年続いた事によるものですが、集団的自衛権の行使と保持をわけ、その前には、そもそも日米同盟は軍事同盟なのかという原則論まで昭和後期には議論され、首相の口からしめされたほどですので、厳しい。

周辺国と防衛協力をおこなうという選択肢を最初から省いてきました。それが、日本を戦争に巻き込ませなかったのだ、と、成果を強調する声があるのかも知れませんが、それは同時に、有事の際に助けてくれる同盟国が、太平洋の向こう側にしか存在しないという厳しい現実の裏返しで有り、それがいまの平和を維持する選択肢を狭めてしまった。

手段としての平和の限界を超えた際に、選択肢は本土決戦しか残らない、という状況になります。陸上自衛隊の機械化部隊重視論などを、提唱しますと、本土決戦主義、こう揶揄されたことは意外と多いのですが、現行憲法では本土決戦しか選択肢として認められていません。

本土決戦が、それしか選択肢を持たない現行憲法なのですが、果たして平和の理想形なのか。平和が破綻するまで打つ手なしという猶予を経ての専守防衛、本土決戦主義、云うほど平和なのかとわたしは敢えて問いたいのですが、それはわたしが沖縄戦や硫黄島、サイパン攻防戦についてある程度学んだためなのかも知れません。

沖縄戦や硫黄島、サイパン攻防戦、専守防衛が理想とするのは手段としての平和であり、結果的に悲惨な状況に陥る直前に上を打とうとしても時間が非常に限られる、すると、沖縄戦や硫黄島、サイパン攻防戦の再来とならざるを得ない。けれども、それは平和なのか、同じ事実を前にしても結論は異なる、という一例なのでしょうか。

政治が責任を持つ。1976年に我が国が初めて防衛計画の大綱を制定した際、小規模有事のみ独力対処するという指針が示され、初期母児隊への独力対処という官僚用語が成立した際、当時の鮫島統幕議長をひっとうに、これでは防衛の責任が持てないと反論したところ、そのさいは政治が責任を取る、として山中長官が政治責任という言葉を使った。

山中長官が政治責任という言葉を使い、説得したため、政治が責任を取ると言われては防衛当局としてはそれ以上踏み込むことが出来ないという実感だったと回顧の際に言葉を残されています。なにかあって国土が戦場となり爆撃砲撃殲滅戦で国民が大変なことになってもそれは自衛隊の責任では無く政治家が責任を取るので大丈夫、ということ。

しかし、奇襲対処などについては、その整備が不十分であったという認識でしょうか、鮫島統幕議長の後任となった栗栖統幕議長は、それでは自衛隊は責任をとれない、という発言を行い、いわゆる超法規発言、栗栖発言として当時の金丸防衛庁長官により、統幕議長が更迭される騒ぎとなりました。

栗栖統幕議長の後任の高品統幕議長は陸将ですので、これを統幕は不祥事と認識していないという強い意思の表れとも今日、歴史として振りかえる際に考えさせられるのですが、いうなれば、鮫島栗栖時代の、宿題というべき防衛上の課題、ほんとうに政治が責任をとれるのかという現実は今日にも重くのし掛かっています。

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【榛名さんの総監部グルメ日誌】京都-近鉄名店街,ひやかけと終戦記念日

■榛名さんのグルメ日誌

ああ今年もそうでしたか今日がもう八月十五日なのですね。

終戦記念日、81年前の今日、日本は戦争に負けました、が、20年間の戦争の無い時代と言われたのが昭和元禄、元禄時代以来の平和な時代といわれた、その時代から数えても既に61年を経ている事に驚くのです。

代用食、ということではないのですが、蕎麦でも手繰ろう、ということで近鉄京都駅を降りたところで蕎麦屋呑みを嗜むことができます近鉄名店街の葵、ここに立ち寄りまして茄子を肴に先ずひや。

西の星、わが国は西方防衛を重視せざるを得ない厳しい安全保障環境を反映してという訳ではないのですが、昭和元禄どころか東西冷戦を終えて20年を経た、いうなればそれ平成元禄からも随分と平和な日々が続いていて。

蕎麦巻きを肴にもう一献、黒伊佐錦を、ロックで。麦焼酎の後は芋を。終戦記念日、同じ日がポーランドでは国軍記念日、韓国では光復節でしたか、こういうあたりで価値観はかわってくるという。

蕎麦を冷やで。冷やの蕎麦を年中頂くのは、昨今では全国的に普及したといいますが、それこそ昭和元禄の時代には京都くらいだった、という話を聞きますと、そんなものなのかなあ、とおもいながら。

ひやかけ。出汁をじゃぶじゃぶと注いで、つめたいままにいただく。台風の置き土産か、若干涼しくなった、けれども、千葉の豪雨被害、千葉豪雨の報道を見ると多少はき落としてしまう。

81年目の終戦記念日、なにか感慨深いことを考えたいのだけれども、この記事の載せた時間が1411時44秒、護衛艦はるな艦番号141,護衛艦くらま艦番号144が偶然重なったなあ、というくらいで夏も終わりが近い。

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【京都発幕間旅情】JR東日本E231系電車,日常的降雨か歴史的豪雨か分かりにくい災害のはじまり

■防災ってやはり難しい

千葉豪雨の被害の大きさにただただ驚いています。

JR東日本E231系電車、撮影している最中に降雨が降り始めまして、これが時間雨量にして30mmくらいでしたか。充分に大雨といえる規模ですが、昨今は時間雨量100mmを超える事例もでてきている。

E231系はグリーン車がありますので、その昔、ちょっと天候不良だった際にグリーン車を利用しましたら、なにやら長時間停車を繰り返すほどの天候不順は行き先の方で起こっていまして、座ったままで楽だったことが。

グリーン車は、あまりJR東日本管内を利用しないために、たまの贅沢的に使うのですが、そういう時ゆえたすかった。豪雨というのは、雨というもの降雨というものを普段見慣れているから、ほんとうに分かりにくい。

西日本豪雨、あの豪雨をどうしても思い出すのですが、降り始めは結構振っていると思うものの、もっと振っている地域が近傍に在って、移動し始めたらそこら中が越水と土砂崩れの連続で、初めて驚いたことが在った。

降雨だけで身構えることは無いけれども、すごい通り雨だなあ、という十分そこそこで終わるような土砂降りが、一時間二時間続き、様子を見ている合間にあっという間に逃げられなくなるという、それが豪雨の怖さです。

避難所を開設、といわれても、開設する時間の合間に事態は悪化しますと、避難が間に合わない。日本も常設型のいつでも入ることができる公共シェルターというものを、そろそろ整備に着手すべきなのだなあ、と思ってしまうのですよね。

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令和八年度八月期 陸海空自衛隊主要行事実施詳報(2026.08.15-2026.08.16)

自衛隊関連行事

千葉豪雨の被害に見舞われた皆様に心からお見舞い申し上げます。

本日は金曜日ということで通常は自衛隊行事紹介の話題を紹介していますが、今週末の自衛隊行事はありません。お盆休みという関係上、陸上自衛隊公報館などでは特別な展示が行われているようですが、そのほかは納涼祭を含め今週末の自衛隊関連行事は無いようです。するとすこし、防災というかいろいろ考える機会としてはどうでしょうか。

千葉豪雨、今回改めて考えさせられたのは、豪雨災害、西日本豪雨の際にも痛感したのですが、豪雨災害は始まりが分かりにくい、降ってくるのがミサイルや無人機や魚であれば、これは異常事態だ、と身構えるでしょう。怪雨という気象現象で魚が降って来ることは実際に在りましたし、ミサイルであればJアラートが鳴り響きますが雨となると。

西日本豪雨でも、まさかあんな大雨になるとは思わず、舞鶴線と小浜線とまったかあとか、湖西線が止まるのは普通だしなあとか、土砂崩れがあったのか、とか、そういう始まりでしたが、本降りとなり始めて三時間ほどで、自動車にて移動していますと3kmおきに土砂崩れが見え始めて、こんなに崩れて、これは異常事態だ、と痛感した訳ですが。

しかし、普通の大雨では、特に特別警報に至らない通常の大雨警報だけでは、いまは夏休み期間中ですが学校は休みになりませんし、大雨警報だけで鉄道も運休になりませんので仕事に行く、鉄道は既定雨量をこえて初めて運休になります。当たり前ですけれども、単なる大雨警報では避難所は設置されませんし、しかし特別警報になると一変して。

豪雨の経験上、あぶない、と分かった時点ではかなり手遅れになっている、線状降水帯直前情報というものが気象庁から発表されますが、三時間前に気象庁は発令するとしていますけれども、直前情報を受けても即座に避難所を設置できるわけではない、避難所の設置は自治体から自治会が委任されている事例が多い訳ですので、時間がかかります。

豪雨災害は、ハザードマップが必ずしも役に立たない、それはハザードマップで水害の想定が単に標高をもとに算出したものが多く、河道、もともとあった河川の流れというものを反映したような、地形考古学に基づいたものでは必ずしもなく、ハザードマップの赤茶色想定よりも先にやや安全な赤表示の方が水没するということが、少なからずある。

防災の基本は自助である、こう、陸上自衛隊中部方面隊が毎年実施しています南海レスキュー訓練において強調して説明されました。これが難しくなるとご近所の助け合いの共助が始まり、自治体単位や自衛隊が参加する公助は立ち上がりに時間がかかる、確かに。大地震があっても建物に被害が無ければ、事前の自助で公助を発動する必要はないゆえ。

では、豪雨災害についての自助とは。事前に、地形考古学、治水が整備される前の水害記録は自治体図書館や郷土史研究として示されているものがありますが、これが案外、内水氾濫の想定被害を調べられるのですし、同じ標高に見えたとしても、実は微妙に標高が100m先で1mほど違う場所が確かにある、ここを事前に調べておくことは大切と思った。

歩いてみる必要がある、自動車や自転車で移動しているとわかりにくい。けれども、自宅付近、生活圏を歩いてみて、地誌研究というのでしょうけれども、どういった状況で水害が起こり得るか、叛乱の歴史は宮城事件がありましたが、今週末はあえて危機管理、氾濫の歴史のようなものを探ってみて、ハザードマップの穴を探してみては、と思うのです。

■駐屯地祭・基地祭・航空祭

行事予定特になし

 

■注意:本情報は私的に情報収集したものであり、北大路機関が実施を保証するものではなく、同時に全行事を網羅したものではない、更に実施や雨天中止情報などについては付記した各基地・駐屯地広報の方に自己責任において確認願いたい。情報には正確を期するが、以上に掲載された情報は天候、及び災害等各種情勢変化により変更される可能性がある。北大路機関

【臨時情報千葉豪雨】千葉県22市町に大雨特別警報!千葉市12時間雨量347mmの記録的豪雨

■気象庁,命を守る行動を

千葉県内22自治体に大雨特別警報が発令中です。

千葉県豪雨、昨夕からはじまりました千葉県への豪雨被害は、西日本豪雨並みの豪雨災害へ拡大しつつあります。台風15号にゆらいする湿った空気と、上空の寒気の影響により、千葉県では昨夕以降、線状降水帯が断続的に発生する状況となっており、気象庁は大雨特別警報、土砂災害特別警報を発令しました。

大雨特別警報が発令されているのは、千葉市、市原市、佐倉市、四街道市、八街市、印西市、白井市、市川市、船橋市、松戸市、習志野市、柏市、八千代市、我孫子市、鎌ケ谷市、茂原市、東金市、大網白里市、白子町、長柄町、そして山武市、九十九里町のあわせて22の市町であり、今回の豪雨は一時間雨量100mmを超える途轍もない規模です。

土砂災害特別警報が発令されているのは、千葉市、市原市、茂原市、大網白里市、八街市、東金市に発令されています。今回の豪雨は千葉市での降雨量が昨日1300時から本日0100時までの12時間雨量で347mmと、これは佐賀県の2021年九州西日本豪雨の降雨量が72時間で1000mmですので、これと比肩するもので、千葉市の塀年八月雨量の三倍です。

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【京都幕間旅情】妙心寺,おしょらいさん迎える盂蘭盆会の法堂と近年稀有な涼しい御盆

■おしょらいさんの季節です。

おしょらいさん、私事ながら、うちの宗派は早盆ですので、既に迎え火送り火を遥か前におわらせていますゆえ、このお盆の忙しい季節というのは逆に、清々しくその季節の伝統行事を眺めることが出来まして、これがまた風情を感じられます。

右京区花園妙心寺町、日本最大の禅寺、と親しまれるこの寺院は、兎に角広い。その広さがそうですね、時代劇から現代劇まで描かれるほど、古刹というわりには石畳の塔頭寺院と結ぶ寺院となっていまして、この界隈は同時に公家屋敷も数多並んでいた。

花園法皇が関山慧玄を招き、康永元年こと西暦1342年に造営した寺院、もともとは花園御所、またの名を離宮萩原殿として院政を行っていた上皇の御殿を建武年間に落飾し法皇宣下の際に寺院に改めたのが、この妙心寺です。

妙心寺のおしょらいさん、お精霊迎えの法要が開かれていまして、提灯が並ぶ様子などは、一つの季節の風物詩といえます。今年からは風鈴供養も営まれまして、この拝観の歩み進める最中も常に涼し気な鈴の音が流れるように清涼感を運んでいまして。

青空とともに、妙心寺の、法堂と堂宇との、この情景を眺めますと、今年も御盆なんだなあ、という実感とともに、そろそろ暑さがどうにかならないものかと嘆息していたのが例年ではあったのですけれども。

御盆の割には涼しい、この感想です。毎年、命の危険があるほどの真夏の中を散策というよりは雪中行軍ならぬ熱中行軍よろしくカメラを担ぎ行脚しているのが、今年はそう、涼しいのです。風鈴が鳴り響くのも、それは風が吹いているから。

台風15号、涼しいのはこれなのだろうなあ。太平洋高気圧も大陸高気圧も日本列島を地獄のかまのふたのように覆いつくし、台風さえも寄せ付けない例年と比し、多少、太平洋高気圧もお盆休みなのだろうか、それゆえ、台風がやってきた。

熱中症対策のため1300時から1700時まで提灯供養もなにもかも休止している、妙心寺さんも、いのちだいじに、という部分を強調しておられるのですが、何しろこの日は汗一つかかず、周りを舞うような風が歩みをいざなう感じ。

拝観休止時間、それは一つの静寂の時間のようなところでもありまして、いや確かに人々は行き交い、お盆の風景は法要のおととともに感じられるのですが、その最中に在ってさえ、人々の行き交う様子は閑散としていて、コロナ下の静寂さえ思い出す。

狩野探幽の天井画が描かれた法堂のなかからは読経とも案内ともとれる様子が聞き取れまして、しかし、少し昼時という事もあり、塔頭寺院では午前中の法要を終えた方々が帰途に就く様子がひと段落すると、そこはそう、盂蘭盆会の静けさ。

灯篭は志納されたものがならびまして、夜には点灯し、お精霊迎えの灯火とします。堂宇や伽藍は、観光客の喧騒よりも、実は静けさと共に物事を考えられるような、そういう空気感が好きだ。

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