■アメリカ・サウジ対応できず
イエメンの紅海沿岸部にあるモカが11日、武装勢力フーシ派の攻撃を受け失陥しました。

モカ失陥と前後して、紅海とアラビア海を結ぶ要衝ペリム島もフーシ派により占領され、これにより、紅海の航行、アラビア海と公開を結ぶバベルマンデブ海峡がイエメンの武装勢力フーシ派により封鎖される公算が高くなります、いえ、別の経路があるのです、ホルムズ海峡を通ればいい、しかし、そのホルムズ海峡はイランにより事実上封鎖されている。

紅海のバベルマンデブ海峡が事実上封鎖されうる状況へ。この問題が大きい点は、イランによるアメリカイラン戦争開戦後、産油国が石油を輸出する際に航行するホルムズ海峡がイランにより封鎖され、アメリカ政府は封鎖は介助されたと主張しますが、重要なのは1979年のイラン革命以来初めて、封鎖が可能だ、と示したことにほかなりません。

ホルムズ海峡は、安価な機雷の値段はカラーテレビ一個分といわれ、しかも附設だけならば漁船でも可能なのですが、これをいったん敷設されると掃海は簡単ではない。また、安価な自爆無人機が内陸部から投射される、ジェットスキーを利用した武装舟艇による船舶占拠など、これまでは行わなかったが、実施可能ということをやってみせたのち。

ペルシャ湾岸諸国はサウジアラビアがネフド砂漠などアラビア半島を縦断する石油パイプラインにより、一日50万バレル程度は紅海側へ輸送し、スエズ運河か、バベルマンデブ海峡を通り輸出できるようにしています。北にはスエズ運河があり、15万t程度のスエズマックスタンカーまでは航行できますが、バベルマンデブ海峡のほうが航行が容易だ。

イエメン政府は、モカ失陥の危険から、イエメン内戦への有志連合に対し、航空支援を要請していましたが、なにしろ、軍隊というのはすべての国が自衛隊のように規格化されているわけではなく、イエメン軍では定員十足分の給与は支払われているが実員は二割程度、あとは給与だけを受け取って軍務に当たらない部隊など、その能力に問題がありました。

イエメン内戦へは、サウジアラビア、アラブ首長国連邦などが有志連合を派遣していましたが、OPEC石油輸出国機構から脱退したアラブ首長国連邦が、サウジアラビアとの政治的対立から、サウジ政府の要求により今年初旬に退去させられており、このアラブ首長国連邦軍の撤退した地域が手薄となり、この地域にサウジ軍もおらず、ここを通過された。

サウジアラビア軍について、その編成や正面装備については示されている点が多く、潤沢なオイルマネーを背景に高性能の装備品を揃えている事は理解できます、F-15S戦闘爆撃機やユーロファイタータイフーン、そのまえはF-15Cイーグルにトーネード攻撃機など、戦車もM-1A2SA戦車や国境警備用にLAV-25だけで1000両購入したことも。

しかし、指揮命令系統や、目標発見から攻撃までの標定能力、また、近接航空支援や航空攻撃等における正確さと迅速性など、また、サウジアラビアは王政国家であり、民主選挙を行わない権威主義国家です。権威主義国家が全てそうだとはいいませんが、軍事作戦立案に際し、どの程度軍事合理性が確保され、作戦を立案できたのでしょうか。

イエメン政府は航空支援を養成しましたが、サウジ軍は実施できず、またサウジ政府はアメリカ空軍への支援を要請したものの、これが実行されなかった、CNN報道などをみますと、アメリカ政府が中東のイラン政策に手いっぱいであり、バベルマンデブ海峡の石油輸出海峡保護まで手が回らなかった状況があるようです。

アメリカ中央軍は、サウジアラビアの首都リヤドへ司令官を派遣し、またサウジアラビア軍へアメリカ軍は100名以上の軍事顧問を派遣していますが、1990年湾岸危機の時点で、サウジアラビア軍は第一線部隊司令官へも充分な権限が付与されておらず、結局、多国籍軍を編成したものの、管区を分け別々の戦いを行う事しかできていません。

湾岸戦争では、カフジ攻防戦などで予想外の苦戦を強いられており、ソ連型ドクトリンをある程度まで内部化していたイラク軍が優位を誇っていました。戦争は1991年の戦闘の話ではあるのですが、危機的状況が突き付けられながら、どちらかがやってくれるだろうという当事者意識の不在がバベルマンデブ海峡へ危険をさらしている現状なのでしょう。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ まや
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